『ホテル マジェスティック』 大千秋楽 その1(訂正あり)

3月7日東京新国立劇場から開幕した玉木宏初舞台『ホテルマジェスティック』、大阪公演を経て、きのう27日の名古屋名鉄ホールで無事大千秋楽を迎えました。

全23公演だったんですね~やっぱり23は玉木くんのラッキーナンバーなんでしょうか!大成功の舞台でした。


終わってしまいましたね・・・まだちょっと放心状態です。

でも急がないと、どんどん記憶が薄れていってしまうようでコワイので、感想を書き留めておきます。



1956年(だっけ)青森。

純朴そのものの田舎青年の格好で20歳の澤田教一さんがカメラを持って登場。

青森の空や木々、蝶の写真を撮っている。

ここでね、撮ろうとした蝶が澤田さんがシャッターを押すより早く飛んでいってしまうの。

初日は確か、蝶の小道具(ヒラヒラするやつ)が実際にあった気がするんだけど、その後はないよね・・・玉木くんのちょっとしたマイム芝居で、蝶が飛んでいってしまったことを表現します。


とにかく最初の登場から可愛い!ラジオで別所さんが「おどけた小鹿のように登場する」と言っていたのを聞いた時は、全く想像できなかったんだけど、まさに「おどけた小鹿」なんですよ。

目をキラキラ輝かせて、写真を撮ることが楽しくてたまらないという感じ。

ふとかたわらにとまっている蝶に気付き、そーっと腰をかがめて近づきながらの澤田教一の第一声、

「そのまま・・・そのままだどー」

を聞いた時は、正直びっくりしましたが(笑)。つ、津軽弁~!!

逃げた蝶を目で追いながら「あーあ、もう少しだけ、我慢してけれや~」(←訂正しました)


地面に腰をおろして蝶を見送った教一の頭上をかすめるように、三沢米軍基地の戦闘機が飛んでいく。

口をぽかんとあけたまま見上げているところへサタさん登場。

ここで、サタさんへの強引なプロポーズのエピソード。

『セキヲイレタ マイオクサン』これ、澤田さんじゃなかったら軽くストーカーだよね

こんなもの送ってきてどういうつもり?わぁ(わたし)とあんたは結婚したってこと?とサタさんに問いただされて、教一さんはただニコニコと「はい」

11歳年上であることを気にするサタさんと、そんなこと一向に意に介さず「サタさんを幸せにします」を繰り返す教一さん。


実は初日のこのシーンで、あたしはすでにホロリとしてしまいました。

背景は満開の桜の巨木。その前で、小さな幸せを作ろうとしている二人の姿を見ていたら、ああ、この二人はやがて戦争によって引き裂かれちゃうんだなぁ…って思って。えーん。



1965年。舞台はサイゴンへ。ホテルマジェスティックのロビー。

一獲千金を夢見てここへやってきた、ストリンガーと呼ばれるフリーのカメラマンたちが集う。

UPIサイゴン支局の大河内(別所さん)は彼らをまとめる役割なのよね。

米軍から迎えのトラックが来ると、みな我先に乗り込んでいく。今日の戦場へ向かうのだ。

女性でありながら戦場カメラマンをめざす平良(紫吹さん)は、みんなに邪険に扱われながらも、なんとかここで認められたいと、かなり肩肘張ってるキャラ。

そこに迷える小鹿が一匹。じゃなくって澤田教一。

おどおどと、所在なさげにしている様子がかわいい。ストリンガーたちに邪魔だ!とか怒鳴られながら、最後ひとりロビーにぽつねんと取り残された教一に、やっと大河内が声をかける。


「UPIの東京支局から来た澤田教一です」っていうことを名乗るだけなんだけど、緊張と焦りと津軽弁の早口で話し始めるもんだから、大河内さんには全然聞きとれず「なんだって?」と聞き返されると、澤田は「ユーーーピーーーアイの、さーーーわーーーだーーーきょうーーーいちーーーです」と超ゆっくり自己紹介を始める。

このとき澤田のしゃべりに合わせた別所さんの動きがすごいコミカルでね、最初の笑いどころです。

公演を重ねるごとに別所さんのアドリブも炸裂。舞台ってこういう楽しみがあるんだーと最初に思ったところです。


東京支局で編集ばしとりました、戦場の写真はまだこいから(これから)、金がねえんです、写真の現像代とかフィルム代、東京へ写真ば送る郵送代、あ、それからこのホテルの宿泊費ば出してもらえたら、頑張ります(頑張っていい写真撮りますの意)

教一がのん気にこーんな調子のいいことをのたまうと、それまで呆れながら黙って聞いてた大河内さんがブチ切れる。

「東京は何考えてんだ!こんな奴よこしやがって!東京で写真を撮ったことない奴がベトナムで写真が撮れるのか?!ベトナムはそんな甘いところか?!日本へ帰れ!お前みたいな奴はな、あっという間に殺されるぞ!足手まといなんだよ!!」

(すいません、台詞はかなり適当な記憶になってるので、こんな感じかも、という程度で受け流してください)


この「日本へ帰れ!」「いやです!」のやり取りが続く間に、戦場へ向かうヘリに女性だからということで乗せてもらえなかった平良が戻ってくる。


カメラを見せてみろと言われライカを取り出す教一。

「これじゃダメだ!これはな、接写用のカメラなんだよ!こんなものでどうやって戦場で写真を撮るっていうんだ。いいから日本へ帰れよ!」

平良にも「望遠レンズ、貸してあげようか?一日10ドル」とか言われ「そったら金、ありません」としか言えない教一。もう涙目でかわいそう。


そうそう、この辺でグリーンカードほしさに米軍のために働いている日本人青年・湯川くん(徳山君)も登場。ホテルに宿泊している米軍将校へ郵便を配達したり、使い走り的なことをしてるのね。

その湯川君にも「僕はカメラのことはわからないけど、そのレンズじゃ戦場では無理だと思いますよ。望遠レンズを買いに行きましょうか?」みたいなことを言われるんだよね。つまり澤田はまったくの素人以下ですよ。

でも、反対する妻を日本に残し、休暇を取って自費でベトナムへやってきた澤田には、このカメラで撮るしかない、という強い思いがある。


このロビーのシーンでね、どのタイミングだったっけ、秋山さん演じる教一の同級生なかじー(中島)も登場します。

帰れ帰れ言う大河内さんがいったん引っ込んで湯川君と二人になってるときだよね。爆撃を避けてホテルに逃げ込んできた日本人商社マンがなかじー。

なかじーというのは教一が高校時代そう呼んでたのね。

詩人の寺山修司も同級生だというようなことも語られます。

なかじーは、教一の高校時代の話をする。文化祭や運動会など学校の行事になると教一がみんなの写真を撮っては小遣い稼ぎをしていたと。

ふざけ気味からかい気味に話すなかじーに、教一は不機嫌になる。「思い出したくない思い出もあるんだ」


このなかじーとの会話でね、だんだん気付いたんだけどね、舞台開幕前の事前情報でさ、津軽弁を話すのはサタさんとの会話だけかと思ってたら、教一さんはほぼ全編津軽弁なんだよね。

話す相手によってやや方言度合いが変わったりはするけど、教一さんは基本的に津軽おどごなのよ。


なかじーに聞かれて、サタさんとの出会いのいきさつを語る教一。ここは回想シーンのようになって、場面は三沢基地内の小島写真店、米兵と親しく英語で話すサタさんや、他の日本人なんかが登場。

英語が堪能なサタさんに「最近新しく入った澤田教一ってやつも、英語が話せるんですか?」と聞く日本人。

サタさんは「全然しゃべらねえもん、知らねぇ」

日本人が「あいつは大学入試に2度失敗して、それがコンプレックスになってしゃべらなくなったんだ」と陰口をたたく。

とそこへ教一が登場し、彼らとの受け答えを聞いたサタさんは教一が津軽訛りであることを知る。

「あんた津軽の人?わぁも津軽!」と一気に津軽弁でまくし立てるサタさんに圧倒される教一。(ここはめざましで流れたところ。)

二人の会話を聞いた日本人たちが「英語より聞きとりにくい」と言いながら立ち去る。ここ笑うとこね♪


サタさんは、大学に失敗したくらいで何よ、人生こいがら(これから)の勝負よ、と教一に語りかける。

教一はここでサタさんから、アメリカはすごい、この基地内にコンクリートの家も学校も病院もみんなある。広い家、テレビや冷蔵庫。給料も日本人は7千円、アメリカ人は12万円。と、豊かさの違いを聞かされる。

「津軽おどごのしぶとさで、アメリカさ認められる男になれ!」(←訂正しました)

教一はサタさんから大きな夢をもらったんだよね。

アメリカに認められる男になりたい、と。


で、なかじーにサタさんが11歳年上であることを語り、驚かれ、まだ結婚してないなかじーがその人には11歳年下の妹はいないのかみたいな会話があって、控えめな教一がめずらしくなかじーに勝ち誇ったような顔をするところがある(この時、なかじーに顔を鼻先ぶつかるくらいに近付けて、フンッとやるんですよ。その一瞬はドSヒロシみたいでおもしろいの~)



それでまた大河内さんが戻ってくるんだっけ・・・ああもうすでに記憶が曖昧すぎる!

まだいたのか、とっとと帰れってなるんだっけ??

そんなやり取りをするうちに、教一は急に苦しみ出す。

街中のホテルにいても時たま襲ってくる耳をつんざくような爆撃音、死への恐怖、慣れない場所へやってきた精神的ストレス、お前なんか足手まといだ邪魔だ帰れと罵られて追い詰められて、いろんなものが一気に押し寄せて神経性の胃炎みたいなのになっちゃうの。

大河内さんに薬をもらって、日本へ帰るよういま一度強く諭されるけど、教一はがんとして帰らないと言い張る。


湯川君にも言われる「何を焦ってるんですか?」って。

教一は焦ってたんでしょうね。11歳年上の女性を嫁にもらっておいて、まともに生活させてあげられない若造の自分に。

結婚して9年、東京にいても写真の仕事が思うように出来なくて、当時カメラマンにとってはひのき舞台とされたベトナムへ来れば、一気に金も名声も手に入るかもしれない、サタさんを一人前に幸せにできる。

そんな焦りを抱えながら、ばかにされる悔しさと死への恐怖心を無理やり抑え込んで、自らを奮い立たせようとする教一の姿を、玉木くんはきっちり演じてましたよ。


(以下、教えて頂けたので訂正しておきます。大好きな場面なので。)

「僕は、人生ばかけてベトナムに来たんです。仕事を辞めてもいいという気持ちで、サタさんの反対ば押し切って、写真ば撮るために来たんです」

「足が震えることがそんなに悪いことですか?当たり前だ、あんたらベトナムに来たその日から余裕あったんですか?震えてなかったんですか?」

「僕はすべて投げうってここへ来たんです。金が欲しいんです!生活していく金が。」

「ヒットエンドラン?撮ってやるす!一番機に乗ってやるす!」


教一は胃の激痛と、戦争=死への恐怖を必死で押さえこみながら、写真を撮る、一番機(戦場に飛ぶ米軍ヘリの中でも最前線へ向かう機)に乗ってやる!と半ば捨てバチな感じでホテルを飛び出していく。


「SODA」45ページの写真の、白い開襟シャツにカーキのベスト着て荷物を両手で抱えてる教一が、この時の姿です。

いちばん上の涙してる写真は、たぶん、金が欲しい、どうしても写真を撮る、怖くて何が悪い、と感情を爆発させてるこのシーンだよね。



舞台が暗転して、戦場。

ここが、「安全への逃避」を撮るシーン。

川を渡ってくる親子の姿を見つけた教一は、最初まず助けようとする。

でも次の瞬間、なにかに撃たれたように手を止め、差し出した木の棒を置き、震える手でカメラを手に取る。

狂ったようにシャッターを押し、あの決定的瞬間を収める。

そしてまた、木の棒を持って、親子に差し伸べ助ける。というシーンでした。


舞台上には上の方にスクリーンが降りてきて、そこにあの写真が映し出されます。

「ヘルプ!ヘルプ!」という声とともにだんだん写真が大きくなってきて、親子が澤田に近づいて来ることを表現します。(親子役が舞台上に出てくるわけじゃないです)



ホテルのロビー。1966年(?)

行ったきり帰って来ない夫を追って、サタさんがサイゴンへやってくる。

サタさんがホテルのロビーに着いて、お茶を飲んでいると、いつものメンバー(大河内、平良、湯川、なかじー)が集まってくる。

大河内は新人ストリンガーを連れてホテルへ帰還。誇らしげに「俺が育てたあの澤田教一もこのホテルに泊まってる」と語って聞かせる。

いつアンタが育てたんだよ、と観客が心の中でツッコむところです。

そう、澤田さんはあの写真でピュリツァー賞を受賞したあとなのね。

澤田がここへ来たばかりの頃は50人ほどだったストリンガーが、いまや650人に膨れ上がってる。

みな、澤田に憧れて、澤田のような写真が撮りたい、1枚の写真で一気に名を上げたい、という野心を抱えて。


平良が言う「澤田さんは戦争が性に合ってたのね」

大河内が言う「こんなところにいたら1週間でおかしくなる。でも俺たちよりも、狂ってるのは読者だ。もっともっと強い刺激を求めてる。澤田はそれに応えてる」

それをロビーの端っこでじっと聞いてるサタさん。辛いよね。


我慢できなくなって大河内に「あんたは澤田を殺すつもりですか」と問いかける。

いきなり現れたごくフツーの日本人女性に戸惑う大河内に、あんたたちはおかしい!とサタさんは怒りのお茶をぶっかけて、一触即発!かと思いきや、あんた誰だよ、澤田サタです、澤田・・・サタ・・・?澤田さんの奥様ですか??って、「浅見刑事局長の弟君ですか?」みたいなやりとりがあって、みんなでワタワタしてるところに、教一さんがレイバンのサングラス被って「ただ今戻りましたー」って標準語で帰ってくるの!

この一瞬のサングラス姿がとてつもなくかっこいいのーー

「SODA」45ページのテキストで、「撮る前と撮ったあとで佇まいががらりと変わった」と書かれたところね。


ここでサタさんと再会!サタさんは「いくら待っても帰ってこねぇから、迎えに来ました。帰りますす」

「そういうわけで、帰ることになりました。どうも、お世話様でございました」と一同に頭を下げる。大河内一同も、頭を下げる。

教一は「いやです、まだ帰らねぇ」と言い張るが、サタさんは聞いてくれない。

だって1か月の約束で行ったのに、全然帰って来ない。もうさんざん待った。サタさんの気持ちからしたら当然よねぇ。

「話を聞いてください」「話なら日本へ帰ってからいくらでも聞いてあげます」

「いやじゃ、いま聞いてください」と言い合って、ようやくサタさんもその気になり、ロビーのソファに腰を落ち着けようとする。

と、大河内以下みんなが話に加わろうとしていることに気づく。

「夫婦の話なので、皆さんには関係のないことです」

とサタさんは皆を遠ざけようとするが、ここからが大河内さん以下皆さんのアドリブというか、まるでだるまさんが転んだみたいにじわじわと二人の話に聞き耳を立てる動きが面白かった(字にすると伝わらない・・・

しつこく二人の話を盗み聞きしようとするみんなにサタさんがブチ切れて「二人にしてけろ!」と叫ぶところは爆笑です。教一もサタさんの剣幕に驚いてる様子がかわいい。


やっと二人になれた夫婦。

「青森にいた頃の僕は、金がなくて、カメラでサタさんを幸せにすると誓ったくせにできなくて・・・」と教一が当時の忸怩たる思いを訥々と語り出す。


(ここも訂正しておきます)

「ベトナムはカメラマンのひのき舞台です。わぁの写真を世界に広げるチャンスだと思ってやって来ました。いい写真ば撮れば、高く買ってくれる。生活も楽になる。サタさんに苦労かけずに済む」

やっと一人前の仕事ができるようになった、あともう少しここにいたい、まだ帰れない、と必死で訴える教一。


サタさん「私のせいにしないで。私を理由にしないで」

教一「します。サタさんがいてくれるから、僕は踏ん張れるんです」


必死で訴える教一に根負けして、とうとうサタさんが「どうしても帰らないと言うなら、わぁもここに残ります!」

これを聞いた教一「サタさん・・・!」この時の嬉しそうな表情!

このへんはね、ほんとに教一さんは年下夫で甘えてる感じもあって、サタさんは姉さん女房。

二人のやり取りは可愛くて切なくてほほえましい。


サタさんの荷物を手に取り、にっこり微笑み合うふたり。

そこへ爆撃音がふりかかる。

「SODA」46ページの抱き合う二人はこのシーン。

これから始まる戦場での生活への不安。そんなサタさんの表情、それをしっかりと抱きよせる教一。

11コも年下だけど、愛する女性を守るぞ、もっといい仕事をするぞという覚悟に満ちた表情です。

これまでもこのシーンは胸キュンなんだけど、大千秋楽ではもうすっごく抱きしめ方がぎゅっっという感じだったー!とみな玉言ってました。

教一の手の動きがエロかったーという声も。




と、とっても中途半端ですが、ひとまずいったんこの辺で。


感想をちょこちょこっと書こうと思って書き出したんだけど、なんか書いておかないと全部忘れちゃうという焦りと、舞台を見てない方にも少しでも味わって想像してもらいたいという思いとで、こんなふうになってきちゃった・・・

いつ終わるんだ。書くチャンスがこのあとないよーー


このペースで最後まで書けるかどうかわかりません、書く前に忘れちゃうかもしれないし、一気にすごい端折っちゃうかも。あんまり期待しないでくだせぇ・・・




追記→コメント欄でパープルポテトさんに教えて頂いたので、特に好きなシーンの台詞については訂正しました(4月15日)。

    ありがとうございました







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この記事へのコメント

  • パープルポテト

    すももさん、東京千秋楽の時はお会いできてうれしかったです(やっぱ、すももさんの方が若かった~)。名古屋には来られた方、たくさんいらっしゃったと思います。今朝の「めざまし」で少し流れましたね。
     1956年、青森、三沢で蝶が飛んで行った後のセリフは「あ、もう少しだけ我慢してけれや」だったと思います。そう、基本的に津軽弁なんですよね。びっくり。
     1966年の、皆が澤田夫婦の話を聞こうとする場面、サタさんに叫ばれてずっこける湯川(徳山君)の動きがだんだんエスカレートして、最後には「えびぞり男」と大河内(別所さん)に言われてましたね。面白かったなあ。しかもサタさん・澤田さんはくすりとも笑わないのがすごかったです。
     すももさんに負担をかける気はないのですが、どうぞこの調子でおしまいまで書いてください~!
    2013年03月28日 15:04
  • あずき

    すももさん、すごいです。こんなに細かくしっかりと舞台の内容が書けるなんて。
    私は後ろの席で、しかも最近目の病気をして視力がかなり悪くなったので、声は気こえど細かい仕草等よくわからなかった部分や記憶がかなり飛んじゃてるので、すももさんのお陰で補填しながら再現することが出来ます。
    感謝感謝です。

    2013年03月28日 18:39
  • トマト

    すももさん。何よりも初舞台が大成功で本当に良かったですよね。23公演が毎回ほぼ満席で座長としては、それだけで責任が軽くなったんではないでしょうか。
    地元へ凱旋公演千秋楽!口には出さない玉木くんだけど
    きっと長年の夢だった事でしようね。
    お母様もどんなにか晴れがましく安堵なさったことでしょうね。

    すももさんのレポは、台詞のひとつひとつと動きも憶えてらして鮮やかにあの場面がすっと蘇りまた感動しています。

    川で親子を助ける時に、一瞬の迷いを振り切る様にカメラのシャッターを押し続けカメラマンとしての覚悟がはっきりと見えた凄い表情でした。
    おどおどとした澤田から賞を取った後場面が暗転して取材先から帰って来て一瞬で魅せたプロになったあの表情は流石に凄い舞台役者、玉木宏になったと感じました。

    仲間との会話のなかで「わかっちゃった?」と標準語でのひと言がなんとも可愛いかつた。

    すももさん、お疲れにならない様にして後半のレポを楽しみにさせて下さいね。
    2013年03月28日 19:01
  • アラン

    まずは舞台の大成功を心からお祝いしたいと思います。
    そして白鳥玉木くんの人には決して言わない壮絶なプレッシャーやストレスを思い、盛大な拍手を送って彼を称えたいです!

    すもも様
    私の記憶力は崩壊していて、場面は断片的に覚えていても、順序やセリフ等は頭の中でグチャグチャなんです(涙)
    大変な作業だと思いますが、後半のレポートも楽しみに待ってます!

    こんな素晴らしい人に恋してしまって....なんか誇らしいですネ!
    2013年03月28日 20:51
  • すもも

    >パープルポテトさん
    東京楽日にお会いできて、こちらこそ嬉しかったです!ありがとうございました。名古屋大楽にももちろんいらしたんですよね。本当に、あの場にいられたことが嬉しくて、時間が経ってあの日からどんどん遠ざかってしまうことが悲しい…。記憶もどんどん曖昧でいい加減なものになっていっちゃうし!
    蝶のシーンの台詞、そうそう、そうでした!あとで訂正させていただきます♪
    徳山くんのえび反り、あと戦隊モノの決めポーズもやってましたよね、あれはこっちだったっけ…とこんなふうにすでにいろんな記憶がごっちゃになっております
    このあとから2幕でしたっけ。それすらも曖昧。
    2幕はさらにいろんなシーンの順番が頭の中でぐちゃぐちゃです。えーん。
    2013年03月28日 23:59
  • すもも

    >あずきさん
    忘れたくなくて書き留めておこうと思ったんですが、このあとはかなり曖昧なので端折ってしまうと思います 最初は好きなシーン、好きな台詞に絞って書くつもりだったんですが…結局覚えてるシーン覚えてる台詞ってことになりますわ、ははは
    みな玉の記憶で訂正していただきたいですし、またみな玉の記憶を補完するのに少しでも役立てていただければ嬉しいです♪台詞集とか台本がもらえれば、こんなのいらないんですよ~ 頭の中であの舞台を思い出すためのよりどころが欲しいんです。
    2013年03月29日 00:05
  • すもも

    >トマトさん
    「地元へ凱旋公演千秋楽!」そうか、故郷に錦を飾ったんですね!名古屋初日にそういう挨拶があったそうですが、嬉しかったでしょうね…。
    川で親子を助けるシーンの感想、ありがとうございます!今日は書いてて自分の中に言葉が浮かんでこなかった…ので、トマトさんの感想を参考にしながら玉木くんの演技を思い出していました。あとで書き足したいな…。
    「わかっちゃった?」の台詞、大好きです!でもあれ、標準語というよりやっぱりちょっと訛ってましたよ~そこが可愛いの
    2013年03月29日 00:11
  • すもも

    >アランさん
    私も後半は特に、場面も台詞も、順序とかぐちゃぐちゃなんです~やめればよかったと軽く後悔してますだから端折って覚えてるところだけになりそうですがご容赦ください!

    白鳥玉木くん…昨日の涙を見て、私もそれを思いました。脚本を書かれた樫田さんがブログに、玉木くんのことを書いてくださってますね。涙なしには読めませんでした この人のファンになってよかったと、これからもついて行こう!と改めて心から思える舞台でしたねあたしたちは本当に、幸せなファンです!
    2013年03月29日 00:21
  • マリコ

    すももさん、ありがとうございます!!
    玉木くんの津軽弁があたまのなかで鮮明によみがえってきます(*´∇`*)かわいかったですねぇ。
    大変な作業ですので、どうぞご無理のないように…。
    一回だけだったけど、劇場で見れて本当によかったです☆
    あの空気感、あの劇場は宝箱のようで、特別な時間が流れていました。
    もっともっとどっぷり浸かっていたかったけど、玉木くんはまた先へ進むんでしょうね。
    大成功に終わってよかったです。たくさんの感動を(笑いも)ありがとう!!すももさんもありがとう!!
    2013年03月29日 00:23
  • すもも

    >マリコさん
    初めまして…ですよね?違ったらごめんなさい!
    1回だけでも、玉木くんの初舞台を観られたことは、すごく幸せだったと思います。

    「あの空気感、あの劇場は宝箱のよう」
    ああ、まさにそうですね。桜の大木のセットがまるで夢のように美しくて、儚い。私の家の前に大きな桜の木が2本立っていて、窓から眺めていると教一さんとサタさんを思わずにいられません。散る前に、感想も書き終えたいです。玉木くんはおっしゃるとおり、もう先へ進んでいるんだろうな~…私はあともう少し、桜の木の下で浸らせてもらおう♪
    2013年03月29日 00:47
  • ふうちゃんママ

    すももさん、詳細なレポ、凄すぎです~!
    私は自身2回目の観劇(大楽)であまりにもいい加減な記憶力に驚愕!(覚えてたのとかなり違った)今は薄れゆく記憶と格闘してます。千秋楽、舞台の完成度と客席の一体感がが最高でした。誰もセリフ噛まなかったし素晴らしいチームワーク!(禁句?)このキャストで本当に良かった。カテコでのあの泣き方は反則です。ヤられました。あそこで総立ちになりましたものね。強がっていたけどプレッシャーがないはずがない。座長の重責を見事に果たしたと思います。拍手していたかったので双眼鏡使えず表情がわかりませんでした。めざましで流してくれてありがとう~!。行けなかった方にも少しでも見ていただけて良かったです。
    すももさんにご挨拶させていただいたのも嬉しかったです。玉友さんとのおしゃべりも初めて。忘れられない一日になりました。この場をお借りしてご一緒させていただいた皆玉ありがとうございました。とても楽しい時間を過ごさせていただきました。m(_ _)m
    私は喪失感がハンパないので早く次のお仕事カモ~ンです。(笑)身体壊さない程度に馬車馬のように働いてください。ずっとついて行きますから~o(^▽^)o
    2013年03月29日 07:22
  • トマト

    すももさん、つまらない事でまたお邪魔します。
    「あっ、わかっちゃった?」って言う台詞のイントネーションは、東京人のすももさんにはやっぱり解るんですね~ 私は関西人なのでその微妙さが不確かなのです。
    そうですよね~。あのひと言だけ全くの標準語だと変になってしまいますものね~。 そこまで考えて台詞をのせていくんですね。凄いなぁと改めて感じました。あはは
    それと、永谷園の新CMいつ頃に撮ったものか知らないのですが、「あっ、一人だと。。」のだと!のイントネーションは教一さんがちょっぴり顔を覗かせている様に思えたのですが?お聞きになってどうですか?
    玉木くんが、普段の会話では訛りを修正しながら標準語を話している時がある。って取材か何かで言ってた様な。。?これもまた可愛いのですよね~
    すみませんつまらない事で。。
    2013年03月29日 10:54
  • パープルポテト

    すももさん、再びお邪魔します。
    すももさんの記憶が飛んでいるところがあるのなら、お邪魔にならない程度にお手伝いさせてください。
    まず、平良に「貸してあげようか?1日10ドル」と言われた時の返事は「そったら金、ありません」です。
    サタさんが教一を励ます言葉は「津軽男のしぶとさで、アメリカさ認められる男になれ!」
    平良が湯川を責め、教一に「この戦争の悲惨さを純粋に伝えようとしているの?」と言い、なかじーが目ざまし時計を鳴らして去った後に、大河内が再登場です。
    さんざんバカにされた教一がそれでもべトナムで頑張る決意表明をするところは好きです。「僕は人生ばかけてベトナムに来たんです。仕事を辞めてもいいという気持ちで、サタさんの反対ば押し切って写真ば撮るために来たんです。
    足が震えることがそんなに悪いことですか。当たり前だ。あんたらベトナムに来たその日から余裕あったんですか? 震えてなかったんですか?」から「生活していく金が欲しいんです。ヒットエンドラン、撮ってやるす。一番機乗ってやるす」に至った時は表情が変わってます。巧いですよね~玉木くん。
    サタさんが迎えに来て、立ち聞きしていた他の人たちが去った後で、「ベトナムはカメラマンのひのき舞台です。わぁの写真を世界に広げるチャンスだと思ってやってきました。いい写真ば撮れば高く買ってくれる。生活も楽になる。サタさんに苦労をかけずに済む」
    その後のサタ「私のせいにしないで。私を理由にしないで」教一「します。サタさんがいてくれるから踏ん張れるんです」というやり取りが好き!です。
    そう、二人が抱き合うところで第一幕終了ですよ。
    長々とすみませんでした。
    2013年03月29日 13:59
  • yumiko

    すももさん、こんにちは♪
    すももさんも大千秋楽に行かれてたんですね。お会いしたかったです♡
    私は千秋楽をめざしてチケットを取ったというより、千秋楽しか観に行ける日にちがなかったので、この日の舞台しか観ていません。席もとんでもなく後ろだったので、双眼鏡が必須の場所でした。
    何度も観ていらっしゃるであろう方々の中に混じって静かに集中して観ていました。
    他のお芝居を何度も観ているわけではないので、他の会場の雰囲気がどういうものかはよくわかりませんが、玉木君ファンの熱気が凄い会場だなあと感じました。皆さん何度も観ているせいか、次の展開を予想した反応をされていましたよね。
    私は玉木君のキュートな津軽弁にやられてしまいました(笑)
    名鉄ホールでお芝居をする、それも座長公演なんて、玉木君はまさに、故郷に錦を飾ったんだなあと、カーテンコールの様子を見ていて思いました。名鉄ホールで座長なんて、地元の私からすると、大女優、大俳優がやるものというイメージですから…
    玉木君は嬉しいし名誉だと思いながらも、相当なプレッシャーも抱えて臨んだんだと思います。
    それが本当に素晴らしい結果を出せて感極まったんだろうなあと思って見ていました。もちろん満足感、達成感もあったでしょうが、肩の荷が下りたというのが一番の気持ちじゃないかなあと勝手に思ってました。
    名鉄ホールは立地上仕方ないですが、ロビーもとんでもなく狭いし、入り口付近も狭くて、そこに全国の玉ファンの方が駆けつけてすごいことになってましたよね…
    そういった状況はゆったりお芝居を楽しむとは程遠い状態でしたが、あのカーテンコールの玉木君の綺麗な涙、抑えられない嗚咽を見ることができたのは幸せな時間だったなあと思います。
    すももさんの続編楽しみにしています♪
    2013年03月29日 17:56
  • ゆず

     すももさ~ん、お久しぶりです。
    私も、玉木君の舞台を観に思い切って一人で福岡から大阪へ行ってきました。こんなこと生まれて初めてでドキドキしてもう一か月前からおなかの調子が・・・(ストレスがすぐ腸にくるんです)無事に行けて良かった~。 しかも最前列で、まさに「口ぽか~ん」ですよ。慣れない生玉木に圧倒されて(実は歳のせい)詳細をあまり覚えてなかったので(しかも2回見たのに)すももさんの、詳細なレポのおかげで少しずつ蘇って来ました。 ありがとうございます。
     舞台をするって聞いたときは噛まないか密かに心配してました(堪忍、玉ちゃん)一度も噛まずに、あの長い台詞も見事でした。白鳥は相当水面下で練習したんでしょうね。本当に心から応援したくなる男です。玉木君の渾身の演技もよかったのですが、一回目のカーテンコールの時に他の出演者の方たちから、いっせいに手を差し伸べられて、玉木君が階段を降りて来た時「おお~スターだ!玉木君立派になって」(上からで済みません)これも感動でした。スターの貫録がありました。かっこよか~。
     玉木君にはたくさんの幸せをもらった気がします。名古屋千秋楽で精一杯の拍手を私も送りたかったな。
     
     すももさん、無理なさらないでくださいね。細く、長くデスヨ。
     
    2013年03月30日 00:21
  • ボギーのママ

    すももさんも、皆玉様方も凄い!流石の記憶力!
    若いのう(脳)←おばばギャグ。堪忍、あはは

    私は昨日の事どころか、さっきの事まで忘れちゃうんで申し訳ないけど、皆様の走馬灯に乗っけて下され。所々は覚えているけど、時系列めちゃくちゃ。3回も観てるのに。でも、本筋は揺るがないけど、毎回微妙に違ってましたよね。そこが舞台の醍醐味!生もの!粋なもの!

    それにしても、あの玉木君が感涙するんだから、凄い達成感だったんだろうね。師匠、宏が動じたよ!

    とはいえ、「ハイ、次!」の人だから、次、何だろね。
    個人的にはそろそろ銀幕かな(中国の流れたし・・・)
    徳山君、次は、朗読劇?
    玉木君にもお願いしたい、標準語で。
    そうそう「わかっちゃった?」訛ってて、芸が細かい。

    マッカーサーみたいなサングラスもかっこよかった。改めて、国籍不明、何着ても様になる。ナニジンでもいけそう。マァ鹿にもなれたんだから当然か。オイ!

    すももさん、くれぐれもお疲れが残らぬよう、ご自分のペースで進めて下さい。皆玉も助太刀お願いします。
    パープルポテトさん、シュゴイ!
    2013年03月30日 01:42
  • すもも

    >コメントくださってたみな玉へ
    すんごい長い間お返事せず放置してしまい、ごめんなさい!!
    ここんとこずっと長い休みは塾の講習で一日家にいなかった子供が、春休みでずっっと家にいて(苦笑)、どうにもPCに向かえず…今日からやっと始業式で、明日からはお弁当 でもやっと自分の時間も持てるのでま、いっか!
    ということで、ぼちぼちお返事していきますので、もうしばしお待ちくださいませ
    舞台の感想も、もう~~記憶の彼方に飛んで行きそうなんですけど、なんとか呼び戻せるよう続きガンバリマス!
    2013年04月08日 16:01
  • すもも

    >ふうちゃんママさん
    あれからもう2週間くらい経っちゃうんですね~。お返事もすっかり遅くなってゴメンナサイ!
    お会いできて本当に嬉しかったです♪さっそく私&玉友さんたちの妄想トークにおつきあい頂いてしまいましたが…楽しかったでしょ?
    あれから2週間経ち、玉木くんも私たちももうすっかり次のお仕事へ心は向いてますが、舞台の一瞬一瞬の感動は絶対忘れないでしょうね。玉木くんが泣きだした瞬間はテレビで流れなかったけど、脳裏に焼き付いてます。私も拍手か双眼鏡か一瞬悩みましたが、拍手はみな玉にお任せして双眼鏡をとってしまいました(ごみんなさ~い
    またお会いできる機会を楽しみにしています。それまでお互いがんばりましょう!
    2013年04月08日 16:10
  • すもも

    >トマトさん
    私、中・高6年間放送部だったので、イントネーションはちょっとうるさいんです
    でも永谷園の「一人だと」の部分はそんなに気にならないかな~。それより最近何度か気になったのは玉木くんが「状況」って言う時のイントネーションですね。たぶん訛りなんだろうなー、でもたぶん本人は気付いてないんだろうなーって一人でほくそ笑んでます
    玉木くんが思いっきり名古屋弁でしゃべってるところを見てみたいな~。
    タニの博多弁はセクシーだし、教一さんの津軽弁はキュートでした。名古屋のお国言葉で話す玉木くんはどんななんだろう~?
    2013年04月08日 16:26
  • すもも

    >パープルポテトさん
    さすが○○回もご覧になったパープルポテトさん!教えていただくと、あそうそう!と思い出すんですよね~。ありがとうございます!
    出来る範囲で、パープルポテトさんのお助けを借りて、記事の方も訂正していきたいと思います。

    私もね、「私を理由にしないで」と言ったサタさんの毅然としたところがすごく好き!と思うし、その直後に、「します」と言い切る教一が、これまた好きなんです~
    この舞台、いつかまた観たいです。無理だろうけど。
    2013年04月08日 16:33
  • すもも

    >yumikoさん
    大千秋楽にいらしてたんですね。名鉄ホール座長公演…なるほど~、それはさぞ玉木くんも誇らしく、かつプレッシャーも相当あったんでしょうね。それを少しも周りに気取らせない玉木くん、やっぱり男らしい!
    大千秋楽公演、観客も演者も、熱気や集中力がものすごかったですよね。舞台ってナマモノだ、生きてるんだ!とずんずん伝わってくるような白熱した時間でした。オカネがかかって大変だけど、またやってほしいな~。
    玉木くんの嗚咽を生で見られるとは…驚きましたがほんとうに貴重で幸せな時間でしたね~。
    2013年04月08日 16:43
  • すもも

    >ゆずさん
    ゆずさんも初遠征だったんですね♪まさか自分が玉木くんのために日帰りで新幹線に乗るとは…と私も自分で自分に驚いてます。
    しかも!ゆずさん最前列!!すごい~素晴らしい体験でしたね~
    私も心配してましたよ~噛まないか転ばないか、台詞がすっ飛ばないかって。ほとんどお母さんですカーテンコールで階段を下りてくるときの玉木くんは、それまでの素朴な教一さんじゃなくて、キラキラの玉木宏でしたよね。私もすごいと思いました。
    たくさん幸せをくれた玉木くん、また次の幸せの準備をしてくれてるんだろうな~楽しみ!
    2013年04月08日 16:49
  • すもも@携帯

    >ボギーのママさん
    第一幕はまだ覚えてたんですけどね~、第二幕はもともとホントに断片的な記憶になっていて、このあと書けるか非常にビミョーです(^^;;
    お助けくださる方達におすがりするしかないかもー(>_<)

    そう、あの玉木くんが、ですよね。
    よっぽどの思いでしょう。誰にも相談せず、誰にも悟らせず、でもきっとたくさん悩んで苦しんだこともあったんでしょう。まさに白鳥ですね。白鳥の涙はそれはもう美しかったです。
    次のお仕事、本当に楽しみ‼ 今頃それに向けて準備や勉強してるんでしょうね。はやくお知らせが来ますように♪
    2013年04月08日 17:21

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